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日本のソフトウェア開発の文化的違い: 受託開発(SIer)と自社開発の比較とソフトウェアエンジニア向けキャリアガイド

日日本のソフトウェア開発業界における受託開発(SIer)と自社開発の根本的な違いを徹底比較。ソフトウェアエンジニアとして日本でキャリアを築く際の選択肢、開発スタイル、技術スタック、働き方の違いを理解し、自分に最適な環境を見つけるための実践的ガイド。

October 19, 202524 min read
日本のソフトウェア開発の文化的違い: 受託開発(SIer)と自社開発の比較とソフトウェアエンジニア向けキャリアガイド

日本のソフトウェア開発業界には、大きく分けて受託開発(SIer)自社開発という2つの開発モデルが存在します。受託開発は英語で「System Integrator」の略であるSIerと呼ばれ、クライアント企業のためにカスタムソフトウェアシステムを開発・統合する企業を指します。一方、自社開発企業は、自社プロダクトやサービスを企画・設計・開発し、エンドユーザーに直接提供します。自社開発の方が欧米のソフトウェア開発文化に近いかもしれません。

ソフトウェアエンジニアとして日本でキャリアを築こうとする際、この2つのモデルの違いを理解することは極めて重要です。それぞれの開発文化、技術スタック、キャリアパスには大きな違いがあり、あなたのエンジニアとしての成長方向性を左右します。

この記事では、受託開発と自社開発のソフトウェア開発における文化的な違いを詳しく比較し、ソフトウェアエンジニアとしてどちらの環境が自分に合っているかを判断するためのガイドを提供します。


1. 受託開発(SIer):クライアント中心のソフトウェア開発文化

日本のIT企業の7割は受託開発(SIer)型企業と言われています。これは日本のソフトウェア産業の大きな特徴といえます。 日本でソフトウェア開発のキャリアを歩む上で、受託開発会社と自社開発開発の違いを理解することは非常に重要です。

ソフトウェア開発における役割と特徴

受託開発企業(SIer)は、日本では「エスアイアー」または「エスアイヤー」と発音され、クライアント企業のソフトウェア開発を一手に引き受ける専門企業です。ソフトウェアエンジニアとしての主な業務は次の通りです。

  • クライアント要件の実装:金融機関、製造業、公共機関などのクライアントが求める業務システムを、要件定義から設計、実装、テスト、運用保守まで一貫して担当します。
  • 大規模エンタープライズシステム:銀行の基幹システムや自治体の行政システムなど、高い信頼性が求められる大規模ソフトウェアプロジェクトが中心です。
  • 多層構造の開発体制:元請けSIerから複数の下請け企業へとソフトウェア開発タスクが階層的に分配される構造が一般的です。
  • 技術選定の制約:クライアントの既存システムやインフラに合わせる必要があるため、最新技術の採用は限定的です。Java、.NET、Oracle、COBOLなど、エンタープライズ向けの成熟した技術スタックが主流です。

ソフトウェアエンジニアリングの文化的背景

日本の受託開発文化は、製造業の品質管理手法を色濃く反映しています。ソフトウェア開発においても次のような特徴があります。

  • ウォーターフォール開発が主流:要件定義→設計→実装→テスト→納品という段階的なプロセスで、各フェーズでの品質保証が徹底されます。
  • ドキュメント重視:設計書、仕様書、テスト計画書など、詳細なドキュメンテーションがソフトウェア開発プロセスの中核を占めます。
  • 品質管理の徹底:バグゼロを目指す厳格なテスト工程と、本番環境での安定稼働を最優先します。
  • クライアント折衝の重要性:ソフトウェアエンジニアであっても、クライアントとのコミュニケーションやプロジェクトマネジメント能力が評価されます。

受託開発ソフトウェアエンジニアのメリットとデメリット

視点メリットデメリット
技術スタックエンタープライズ技術の深い知識を習得できるモダンな開発手法や最新フレームワークに触れる機会が限られる
ソフトウェア開発プロセス大規模システムの設計・アーキテクチャ経験を積める実装やコーディングよりもドキュメント作成に時間を取られることが多い
キャリアパス上流工程のスキル(要件定義、設計、PM)が身につき、マネジメント職へのキャリアパスが明確ソフトウェアエンジニアとしての技術的専門性を深めるキャリアは築きにくい
開発環境安定した雇用と体系的な研修プログラム開発ツールやプロセスが古く、開発者体験が重視されていないことが多い

受託開発は「システム全体を俯瞰する力」と「クライアントとの調整力」を磨く環境ですが、コードを書いてプロダクトを作ることに情熱を持つソフトウェアエンジニアにとっては、技術的な物足りなさを感じることがあります。


2. 自社開発:プロダクト中心のソフトウェアエンジニアリング

ソフトウェア開発における役割と特徴

自社開発企業では、ソフトウェアエンジニアがプロダクトの企画段階から深く関わり、技術的な意思決定の中心となります。

  • プロダクト思考の開発:クライアントの要求ではなく、エンドユーザーの課題を解決するソフトウェアプロダクトを構築します。SaaS、モバイルアプリ、Webサービスなどが代表例です。
  • 高速な開発サイクル:アジャイル、スクラム、継続的インテグレーション/デリバリー(CI/CD)など、モダンな開発手法を採用し、素早いイテレーションで機能改善を行います。
  • 技術選定の自由度:プロダクトの成長に最適な技術スタックを自ら選択できます。React、Vue.js、Python、Go、Rust、Kubernetesなど、最新技術の導入が積極的です。
  • フルスタック志向:フロントエンド、バックエンド、インフラ、データベース設計など、幅広い技術領域に関わる機会があります。
  • 直接的なユーザーフィードバック:自分が書いたコードの影響を直接ユーザーの反応として感じられ、ソフトウェアエンジニアとしての達成感が得やすい環境です。

ソフトウェアエンジニアリングの文化的背景

近年、日本でもスタートアップやテック企業が増加し、グローバルスタンダードなソフトウェア開発文化が浸透しつつあります。

  • アジャイル開発の実践:短いスプリントで機能開発とリリースを繰り返し、ユーザーからのフィードバックを素早くプロダクトに反映します。
  • コード品質とレビュー文化:GitHubやGitLabを使ったコードレビュー、ペアプログラミング、テスト駆動開発(TDD)など、エンジニア主導の品質管理が行われます。
  • DevOps/SREの実践:開発と運用の境界をなくし、ソフトウェアエンジニア自身がインフラの構築・監視・改善に関わります。
  • 技術コミュニティとの交流:社外の勉強会やカンファレンスへの参加、OSSへの貢献など、技術者コミュニティとの関わりが推奨されます。

自社開発ソフトウェアエンジニアのメリットとデメリット

視点メリットデメリット
技術スタック最新の言語、フレームワーク、ツールを実務で習得できる特定のプロダクトドメインに特化するため、幅広い業界知識は得にくい
ソフトウェア開発プロセスモダンな開発手法を実践でき、コードを書く時間が多いユーザー数やビジネス指標に直接責任を持つため、プレッシャーが大きい
キャリアパス技術スペシャリスト、テックリード、ソフトウェアアーキテクトへの道が開ける組織が小さい場合、ポジションの選択肢が限られる
開発環境開発者体験(DX)を重視した環境整備、リモートワークやフレックス制度が整っていることが多いスタートアップでは福利厚生や雇用の安定性が大企業に劣ることがある

自社開発は「ソフトウェアエンジニアとして技術を極める」環境であり、プロダクトの成長に直接貢献できる醍醐味がありますが、単一のプロダクト領域に集中するため、視野を広げる努力が必要です。


3. ソフトウェア開発スタイルの比較:受託 vs 自社

開発プロセスとエンジニアの役割

  • 受託開発:ウォーターフォール型のプロセスが中心で、ソフトウェアエンジニアは決められた仕様に基づいて実装します。仕様変更は契約変更を伴うため、柔軟性は限定的です。上流工程(要件定義・設計)と下流工程(実装・テスト)が明確に分離され、エンジニアは担当フェーズに専念します。

  • 自社開発:アジャイル開発を採用し、2週間程度のスプリントで計画→実装→レビュー→リリースを繰り返します。ソフトウェアエンジニアは仕様決定にも参加し、技術的な実現可能性や最適な実装方法を提案します。プロダクトマネージャー、デザイナー、エンジニアが協働してプロダクトを作り上げます。

プロダクトのオーナーシップの違い

  • 受託開発:受託開発の場合、クライアントの意向に従う必要があるため、プロダクトに対しオーナーシップを持つことが難しいケースが多いです。また、多重下請け構造が一般的な日本のSIer企業では、「なぜこの機能が必要なのか」を問うこと自体が難しい場合があります。その機能が顧客に必要かどうかに関わらず、与えられた責任の範囲内で納期までに成果物を納品することが求められる受託開発ではプロダクトに対してオーナーシップが難しいパターンがほとんどです。また、発注側にソフトウェア開発のリテラシーが少ない場合、非合理的とも取れる開発を強いられる場面も多くあります。

  • 自社開発:自社開発の場合は、言うまでもなく受託開発と比較して強いプロダクトのオーナシップが求められます。

ビジネスの安定性

  • 受託開発:一般的に自社開発と比較し、受託開発はビジネスとして安定していると言えます。プロジェクトが成功するかどうかに関わらず、何人のソフトウェアエンジニアが何時間働いたかに応じて売り上げが発生します。自社開発と比較し、将来の売り上げの見積りが立てやすく、仮にプロジェクトが失敗しても売り上げ自体は保証されているため、ビジネス上のリスクは少ないと言えます。

この受託開発の特性は、新しいテクノロジーの導入を妨げる原因にもなりえます。新しい技術を導入して生産性を倍にしても自分たちの売り上げには影響しないためです。むしろ稼働時間が下がって売り上げが下がる可能性すらあります。

  • 自社開発:どれだけ素晴らしいプロダクトを開発しても、それが市場に受け入れられなければ売り上げを達成することはできません。ビジネス面では受託開発と比較してリスクが高いと言えます。

技術スタックとツール選定

  • 受託開発:クライアントの既存システムに合わせた技術選定が必要です。Java + Spring、.NET、Oracle Database、SAP、Salesforceなど、エンタープライズ向けの実績ある技術が主流です。レガシーシステムの保守では、COBOLやMainframeの知識が求められることもあります。開発ツールも組織標準が決められており、個人の裁量は限定的です。

  • 自社開発:プロダクトの要件に最適な技術を自由に選択できます。Python、Go、Rust、TypeScript、React、Vue.js、Docker、Kubernetes、AWS、GCPなど、モダンな技術スタックを積極的に導入します。新しいフレームワークやツールの検証・採用をソフトウェアエンジニア自身が主導できる環境です。

コードの品質管理とレビュー文化

  • 受託開発:品質保証部門による厳格なテストが中心です。単体テスト、結合テスト、システムテスト、受入テストと段階的に進み、テスト仕様書に基づいた確認が行われます。コードレビューは行われますが、形式的なチェックリストベースのレビューが多い傾向があります。

  • 自社開発:エンジニア同士のコードレビューが開発プロセスの中核です。Pull Request/Merge Requestを通じた相互レビュー、ペアプログラミング、テスト駆動開発(TDD)など、エンジニア主導の品質管理が実践されます。自動テストとCI/CDパイプラインにより、継続的な品質改善が行われます。


4. ソフトウェアエンジニアのキャリアパス比較

受託開発でのキャリア展開

受託開発では、次のようなキャリアパスが一般的です。

  1. プログラマー/ジュニアエンジニア(1-3年目):詳細設計書に基づいてコーディングとテストを担当
  2. システムエンジニア(SE)(3-7年目):基本設計や詳細設計を担当し、プログラマーへの指示も行う
  3. プロジェクトリーダー(PL)(7-10年目):チームをまとめ、進捗管理と技術的判断を担当
  4. プロジェクトマネージャー(PM)(10年目以降):プロジェクト全体の責任者として、予算・スケジュール・品質を管理

技術よりもマネジメントや顧客折衝のスキルが重視される傾向があり、純粋な技術者としてのキャリアは築きにくい構造です。

自社開発でのキャリア展開

自社開発では、技術者としてのキャリアパスが多様です。

  1. ジュニアエンジニア(1-3年目):機能実装とコードレビューを通じて基礎を固める
  2. ミッドレベルエンジニア(3-5年目):複雑な機能の設計・実装を主導し、技術的判断を行う
  3. シニアエンジニア(5-8年目):アーキテクチャ設計、技術選定、若手のメンタリングを担当
  4. テックリード/スタッフエンジニア(8年目以降):複数チームの技術方針を策定し、プロダクト全体の技術的リーダーシップを発揮

または、エンジニアリングマネージャーとしてチームマネジメントに特化する道もあります。技術を極めることとマネジメントを極めることの両方のキャリアパスが用意されています。


5. あなたに合った環境の選び方:ソフトウェアエンジニアとしての自己診断

以下のチェックリストで、自分に合った開発環境を見極めましょう。

受託開発(SIer)が向いているソフトウェアエンジニア

  • ✓ 幅広い業界や業務プロセスに触れながら経験を積みたい
  • ✓ 大規模システムのアーキテクチャや設計スキルを学びたい
  • ✓ クライアントとのコミュニケーションやプロジェクトマネジメントに興味がある
  • ✓ 安定した雇用環境で着実にキャリアを積み上げたい
  • ✓ エンタープライズ向けの成熟した技術スタックでの開発経験を積みたい
  • ✓ 将来的にはPMやコンサルタントとしてキャリアを築きたい

自社開発が向いているソフトウェアエンジニア

  • ✓ 自分の書いたコードがユーザーに届く実感を得たい
  • ✓ 最新の技術スタックやモダンな開発手法を実践したい
  • ✓ プロダクトの企画段階から技術的な提案をしたい
  • ✓ コードレビューやペアプログラミングなど、エンジニア同士の協働を重視したい
  • ✓ 技術スペシャリストとして深い専門性を築きたい
  • ✓ リモートワークやフレキシブルな働き方を重視する

6. 日本特有のソフトウェア開発文化の影響

日本のソフトウェア開発文化には、グローバルスタンダードと異なる独自の特徴があります。

品質への徹底的なこだわり

日本のソフトウェア開発では、受託・自社を問わず、本番環境でのバグや障害を極端に嫌う文化があります。これは製造業の「品質第一」の思想が反映されており、テストやレビューに多大な時間が割かれます。

チームワークと合意形成

個人の突出した成果よりも、チーム全体の協調と合意形成が重視されます。技術的に優れた判断であっても、チームの同意なしに独断で進めることは避けられる傾向があります。

ドキュメンテーション文化

口頭での伝達よりも、文書化された情報共有が重視されます。設計書、議事録、手順書など、詳細なドキュメント作成がソフトウェアエンジニアの業務の一部として求められます。

日本語コミュニケーションの重要性

受託開発では、クライアントとの日本語でのコミュニケーションが必須です。自社開発でも、英語を公用語とする企業は限られており、ビジネスレベルの日本語能力があるとキャリアの選択肢が大きく広がります。


7. 海外出身のソフトウェアエンジニアにSIerは適した選択肢か?

これは筆者の個人的な意見を含みますが、多くのケースで「No」だといえます。(JapanTechCareersでもSIer求人はほとんど掲載されていません) 前述した通り、SIerは日本固有の製造業の文化色が強く、一般的にイメージされるソフトウェアエンジニア職とは毛色が異なるためです。 一方で、より安定した企業文化や日本のカスタマワークに興味がある方には向いているかもしれません。ただし、SIerは企業によって文化が大きく違うので、事前の企業調査はより慎重に行うべきでしょう。

特に下請け業務をメインとするSIer企業では、より単純作業の割合が多くなる傾向があります。信じられないかもしれませんが、5分に一回更新されるダッシュボードの値をホワイトボードに書き写すことを主な仕事としているソフトウェアエンジニアも存在します。(それが何の数字なのか?なぜその操作が必要なのかを知る必要はありません。顧客がそれを求めるのであればそうすべきなのです。それでも悪くない給料をもらえます)

8. まとめ:ソフトウェアエンジニアとしてのキャリア選択

日本の受託開発(SIer)と自社開発は、ソフトウェアエンジニアとしての働き方、技術スタック、キャリアパスにおいて大きく異なります。

  • 幅広い業界知識と上流工程のスキルを身に付け、PMやコンサルタントを目指すなら、受託開発(SIer)で経験を積むことが有効です。
  • 最新技術を駆使してプロダクトを作り、技術スペシャリストとして成長したいなら、自社開発で深くソフトウェアエンジニアリングを実践することが適しています。

重要なのは、企業の開発文化、技術スタック、チームの雰囲気が自分の価値観と合致しているかです。求人情報だけでなく、技術ブログ、GitHub、社員インタビューなどを通じて、実際の開発環境を確認しましょう。

ソフトウェアエンジニアとしてのあなたの強みと志向を理解し、それに合った環境を選ぶことが、充実したキャリアを築く第一歩です。


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